お寺・神社の基礎知識


お寺の宗派の数

宗派ってどのくらいあるの??

仏教といっても宗派はいろいろあります。
真言宗、浄土宗、浄土真宗などなじみのある宗派を含めて、 日本にはいまでは百六十派の宗派が存在しています。

なぜこんなに宗派が生まれたのでしょうか?
日本仏教の形式を簡単な歴史にそってみていきましょう。

なぜこんなに宗派は多いの?

なぜこんなに宗派は多いのでしょうか?
もとをたどれば、すべてはお釈迦さまの考えに行き着きます。
仏教の出発点はひとつから始まっているのです。

ですが、それがどうしたものか釈迦が悟りを開いてから、 二千何百年後の現在では、日本の仏教には十三宗・五十六派が存在するのです。
宗の内容は、 日本に伝来もしくは成立の古い順に 法相宗、華厳宗、律宗、天台宗、真言宗、 融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、臨済宗、 曹洞宗、日蓮宗、時宗、黄檗宗の十三宗があります。

さらにこれらはそれぞれいくつもの派に枝分かれしており、 それらを合わせて日本の仏教の宗派は「十三宗五十六派」といわれているのですが、 これは戦前の話で、戦後、宗教法人ができると分派の独立が加速し、 今ではざっと百六十派を数えるといわれています。

同じ釈迦の考えを起源とする宗教が今日、 日本でこれほどの宗派をなしたのはなぜなんでしょうか??

その理由のひとつは、もともとインドで生まれた仏教が中国に伝わったこと と考えられています。
中国は、もともと儒教の国であり、 古くから師弟関係による多くの学派や門閥が存在しました。

そうしたところへ仏教が伝来したので、仏の考えをめぐって 師が生まれ、それを慕う弟子たちがグループを作り、 やがて宗派が形成されていきました。 もともとは個々の修行者の集まりだった仏教から 宗派というシマが生まれたのは、儒教学の影響の強い中国社会に 宗教が伝播したためとみていいのではないでしょうか。


東大寺は何宗の総本山??

六世紀に中国から朝鮮半島をへて日本へ伝えられた 仏教は、すでに宗派の形になっていました。
その仏教をたいそう好んだのが聖徳太子といわれています。
仏教によって国の安定を計ろうと考えたのです。

聖徳太子が作った十七条憲法の内容も、仏教の教えから来るものでした。 聖武天皇の時代には、各地に国分寺と国分尼寺が造られ、 これらの元締めとして東大寺と法華寺も建立されて 仏教国らしい体裁ができあがっていきました。

日本には古来、神道の神々がいましたが、 幸い大陸からあらたにやってきた異国の宗教と衝突することはありませんでした。
それは朝廷が古来の神々を仏教をサポートする役割と位置づけたためで、 そういう形でうまく双方の折り合いをつけたのです。

要するに仏教はこの島国で非常にスムーズに浸透して広まり、
その後、日本社会のなかで独自の発展をとげるのです。

奈良時代に日本につたえられたのは、三論宗、成実宗、法相宗、倶舎宗、 律宗、華厳宗で、これらを「南都六宗」といいます。
この時代の仏教は宗教ではなく、お互いに教義を学び合う学派といったほうが正しいでしょう。そして、当時の僧は、いくつかの宗を渡り歩いて、仏教を学んだといわれています。

このうち華厳宗は「華厳経」の教えを重んじ、毘盧遮那仏を本尊とします。
毘盧遮那仏というものになじみはないかもしれません。
しかしながら、日本を代表する毘盧遮那仏は、あの有名な奈良の大仏です。
そして、奈良の大仏さまのある東大寺は華厳宗の総本山ということになります。

日本流仏教のあれこれ

奈良時代の仏教はいわば大陸直輸入でしたが、
平安時代となるとこれに日本流アレンジが加わります。

そのさきがけとなったのが、あの有名な最澄と空海です。
ともに遣唐使の一員として中国に渡り、当時隆盛していた密教に感化され、 これを日本に伝えました。

そうして、最澄は比叡山に、空海は高野山に真言宗をそれぞれ開いたのです。
どちらも中国の密教に独自の思想や世界観を取り入れた日本型密教です。

呪術的な加持祈祷によってさまざまな願いがかなえられるとする密教は 平安貴族の支持を獲得し、大きく発展をとげました。
ですが、平安時代末期に貴族支配が弱まり、これと合わせて凶作や飢餓が 頻発すると、厭世観や無常観を背景とした末法思想が広がっていきました。

そうしたなかで、阿弥陀如来を基本とする浄土宗の宗派が登場します。
法然がおこした浄土宗、親鸞がおこした浄土真宗、良忍による融通念仏宗も浄土宗です。「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えれば、阿弥陀さまの慈悲により極楽往生できると 説くこれらの宗派は、その単純明快さから多くの民衆をひきつけました。

そして鎌倉時代になると武士の台頭とともに禅宗が広がっていきます。
鎌倉時代、この二つの宗派より少し遅れて生まれたのが 日蓮宗で、開祖・日蓮は「法華経」を最上の経典とし、 他宗を容赦なく攻撃して、大衆信仰において独自路線を歩んでいきました。
浄土系の一派で一遍による遊行と踊念仏で各地に信仰を広めた 時宗が登場するのもこのころです。

こうして鎌倉時代までにあらかた現在の日本仏教は誕生していますが、ひとつだけ遅れて江戸時代に禅宗の黄檗宗が生まれました。
念仏と座禅を組み合わせた「念仏禅」という特異なスタイルを築き上げ、今日にいたっているのです。

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