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和氣神社

和氣神社

由緒

古くは和気氏一族の氏神として遠祖 鐸石別命(ぬでしわけのみこと)が祀られ、和気神と称せられていた。天正19年(1591)に数町川下にあった社殿が大雨で流されたため、現在地に遷座した。後に弟彦王(おとひこおう)、和気清麻呂公、和気広虫姫を祭神に加え、清麻呂公の高祖父佐波良(さわら)命、曽祖父伎波豆(きはず)命、祖父宿奈(すくな)命、父乎麻呂(おまろ)命を奉祀していた国造神社を合祀した。

第11代垂仁天皇の皇子 鐸石別命の曾孫である弟彦王は、神功皇后に反逆した忍熊王(おしくまおう)を和気関に滅ぼした功により、藤原県を与えられ土着した。その弟彦王を祖先とする和気氏は備前・美作両国に栄え、その12代後裔が和気清麻呂公・和気広虫姫である。
和氣神社

御祭神


鐸石別命
第11代垂仁天皇の皇子で和気氏の始祖。

弟彦王
鐸石別命の曾孫で神功皇后の三韓征伐の際、反乱をおこした忍熊王を和気関で平定し藤野県(現岡山県和気郡)を与えられ土着した。

佐波良命・伎波豆命・宿奈命・乎麻呂命
和気氏の先祖で備前美作両国の国造。国造神社として別に祀られていたが、のちに合祀された。
和氣神社

御神徳

足腰・健康の守護
道鏡事件で京を追われた清麻呂公は脚が萎えて歩けなくなりますが、霊泉で脚が治ったことから足腰の神と信仰されています。

安産(子供の守り神)合格・学業成就
広虫姫は戦乱などで孤児になった子供たちを養子として育て世に送り出しました。
また清麻呂公は子弟教育・人材育成に取り組まれ、私学校「弘文院」の基礎を築かれました。福祉事業・学校教育の先駆けとして尊敬され、子供の守り神と敬われています。

厄除開運・災い除け
清麻呂公は史上稀にみる国難に立ち向かい、災いごとを祓い退けたことより、運を開き厄・災いを祓う神と信仰されています。

一願成就
一人一願を心を込めて参拝すれば、その願いは叶えられると言われ、崇敬されています。

土木建築
清麻呂公は「平安京」の造営をはじめ、摂津・河内の治水工事などに尽力されました。

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