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石清水八幡宮

石清水八幡宮
石清水八幡宮

由緒

平安時代始めの貞観元年(859)南都大安寺の僧行教は、豊前の国(現大分県)宇佐宮にこもり日夜熱祷を捧げ、八幡大神の「吾れ都近き石清水男山の峯に移座して、国家を鎮護せん」との御託宣を蒙り同年男山の峯に御神霊を御奉安申し上げたのが当宮の起源であります。
そして朝廷は翌年同所に六宇の宝殿を造営し、4月3日に御遷座されました。天慶2年(939)に起こった平将門・藤原純友の乱の折には、朝廷より御請願があり八幡大神の御神威をもって速やかに平定されて以来、国家鎮護の社として朝廷の御崇敬は益々篤いものとなりました。天皇・上皇の行幸や御幸は、円融天皇(第64代)の御参拝以来実に240度にも及び、伊勢の神宮に次ぐ第2の宗廟とも称されました。
石清水八幡宮
男山は、木津・宇治・桂の三川の合流点を挾んで天王山と対峙する位置にあり、京・難波間の交通の要地であります。また、南北朝時代の大小の戦い羽柴秀吉と明智光秀の天王山の合戦等で良く知られる政治上の重要な拠点でもありました。この交通・政治上の要の地に御鎮座され、我が国を平和と繁栄にみちびく神として多くの人々に崇められ、現在では八幡大神を祀る神社は、全国津々浦々約4万社にもなります。明治初年には官弊大社に列せられ、男山八幡宮と改称されました。しかし、「石清水」の社号は創建以来の由緒深い社号であるため、大正7年に再び「石清水八幡宮」と改称され、現在に至っています。
石清水八幡宮

御祭神

中御前
応神天皇(第15代)[誉田別尊]

西御前
比咩大神[多紀理毘賣命 市寸嶋姫命 多岐津毘賣命]

東御前
神功皇后[息長帶比賣命]

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