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春日神社

春日神社

由緒

正親町天皇の御代、戦国時代の永禄二年(1559)、初代後藤宗右衛門が広大なる原 野に春日大明神を祀ったことから、その地名が[大明神]とよばれるようになった。(天童市大字大明神)その後寛永元年(1624)に後藤掃左衛門(二代)が現在の社地に遷したが、享保 九年(1724)の道満の大火 で文書類も焼失、後藤惣兵衛(十代)が宝暦二年(1752)に本殿再建、後藤惣助 (十四代)が嘉永六年(1853)に拝殿再建。明治六年郷社に列し、十五代惣助が 明治十一年その宮司に任ぜられた。 さらに後藤英治(十六代)が明治二十年神門を建立、同二十六年本殿修理並びに拝殿 再建。平成11年後藤寿夫(十九代)が、本殿、拝殿、を多くの崇敬者の協力により修復並 び銅板工事を完成。
春日神社
このように当社は代々後藤家が奉仕してきたのであるが、一説では当社の起源は平 安時代にありともいわれる。それは最初の[大明神]神社跡から、その期の特徴であ る直刀類が数多く出土しているからである。ともあれ現在の天童市一帯は上古、成生の庄と呼ばれ代々京都・藤原氏の荘園であ り、その一族が下向し土着、道満・後藤家の祖もその藤原一門であった。その祖神、 春日の神を祀る所以であろう。当社は俗に風邪よけの神、災難よけの神「道満の春日様」として県内外の信仰を受けており、戦前の大祭日には臨時列車が出るほどであったが、最近はさらに家内安全、心願成就祈願等でバスを連ねた団体参拝者が訪れるなど再び往年の賑わいを見せ はじめている。社務所となっている母屋、樹齢約六百年「市指定天然記念物」の三光ヒバや、サル スベリの大樹の樹立する庭園など、代々庄屋をつとめた風格を今にとどめて、参拝者 のくつろぎの場となっている。
春日神社

御祭神

武甕槌命(たけみかづちのみこと)

経津主命(ふつぬしのみこと)

天児屋根命(あめのこやねのみこと)

比売神 (ひめがみ)

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