津島神社口コミ情報

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津島神社の口コミ 2

口コミ

薔薇乙女さん
神社についての伝承  かな? 2011/03/11
  元々この地には、(黄檗宗)//「感神院」 と呼ばれる、神宮寺があったそうです。



  本来は牛頭天王を祭神とする田原本村の産土神だったようです。

   ◆ 牛頭天王(ごずてんのう)・・・・時代が下るにつれ、牛頭天王は須佐之男命(すさのおのみこと)と同じ神様とされ、明治時代以降は須佐之男命となりました。
 須佐之男命(みこと)は、乱暴狼藉を働いた罪で、高天原(たかまがはら)から追放された神様です。そして、出雲に降りて八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して出雲国を治めます。
 高天原での荒ぶる神としてのイメージがそのまま強大な神威とされ、後に牛頭天王と習合し、疫病を鎮める疫神となりました。祀らなければ、たたるともいわれる神様です。
 そのため、疫病退散、厄除祈願にご利益があるとされています。



 津島神社は全国に祀(まつ)られていますが、中でも興味深いのは、戦国武将・平野 長泰(ひらの ながやす) が建立した田原本町にある、この津島神社でしょう。

     ◆ 平野 長泰(ひらの ながやす)・・・永禄2年(1559)年に津島で生まれました。


 豊臣 秀吉 に仕え、天正11(1583)年の賤ケ岳の戦いで三千石を与えられ、賤ケ岳七本槍(しずがたけしちほんやり)の一人に加えられます。
 さらに翌年の小牧・長久手の戦いで秀次を助ける働きをし、大和国田原本(奈良県磯城郡田原本町)を拝領し、後に豊臣姓も受けました。
 しかし、秀吉とソリが合わず、慶長5(1600)年の関ケ原の合戦では徳川 家康側につきます。
 それでも、かつては七本槍の一人だったために家康から警戒され、大坂夏の陣・冬の陣では江戸城での留守役を命じられました。長泰は、寛永5(1628)年に死去しました。


 明治2年に、平野家の本貫地・尾張国津島にある津島神社が祭神を牛頭天王とすることから、田原本の地に今も残っている津島神社は、元々この地に建立されていた神社に、長泰が故郷の津島神社と同じ祭神を合祀(ごうし)したことから、津島神社に改称しています。

    祭 神  ・・・・ 素戔鳴命、櫛名田姫命、誉田別命、             天児屋根命    
                     らしいです。
        

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薔薇乙女さん
夏祭り 2011/03/11
毎年、7月に、近くの近鉄田原本駅周辺~神社周辺と屋台が並ぶお祭りがおこなわれる。

  以前は、毎年、7月の第3(金・土・日)の夕方から…と3日行われていたが、現在は7月の第3(土・日)の2日間行われています。もちろん今年も・・・

神社裏の中央舞台では毎年吉本の芸人さんが呼ばれ手いろいろ披露されます。

ご興味のある方や、お近くの方は是非、行ってみてはどうでしょうか?

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