清寿院

  • 口コミ数0
  • 過去30日間のアクセス14
NowPrintring
清寿院
宗派 黄檗宗
住所 〒 543-0043
大阪府大阪市天王寺区勝山通2-6-15
TEL 06-6771-4460
FAX 06-6771-1463
URL

sponsored links

寺社の最新情報

只今、情報が登録されていません。

お金・開運  仕事・学問  健康  供養  家族・子供  厄除け 

大阪関帝廟由緒 ■ 「三国志」の英雄関羽を祀る大阪関帝廟は、正式には黄檗宗白駒山清寿院といい、中国との縁が深いため南京寺と通称されています。江戸時代初期の明和元年(1764)12月、浄土宗住職宗円より黄檗僧大肩和尚が譲り受け、中国僧大成和尚を中興開山となし、本堂を再建して黄檗宗の末寺となりました。 江戸末期の安政2年(1855)暁鐘成薯「浪華の賑ひ」に、「四天王寺東門の東にあり、黄檗派の禅刹として堂舎唐山の風を模せり、蜀関羽の像を祀る、應験いちじるし」と記され、当時からその霊験が喧伝されていました。また「摂津名所図会大成」にも、「清寿院関帝堂 例年5月13日、関帝祭事ありて、大般若修行伶倫音楽奉納もっとも殊勝なり、且詣人に普茶を出して供養す」とあり、藁葺きの表門や一対の摩伽羅(想像上の大魚)を載せた入母屋の本堂などをうかがうことができます。 明治18年(1885)になると、長崎から来阪した広東華商の利興成・同孚泰の両貿易商が発起人となり、日本人取引業者を含めた篤志家とともに本堂・拝所・表門等を中国風に改築します。祭神は本堂祭壇中央に関聖帝君、祭壇左側に天上(后)聖母、右側に財神爺(金儲けの神)が安置されています。何れも嘉一記に際して華商が寄進した仏像で、当院大成和尚が中国より将来したという関帝像は、本堂の内殿に鎮座しています。 改築の翌明治19年、大阪府知事からの要請を受けて、当時流行していたコレラに対処するべく、境内に大阪清国病院衛済堂が設立されました。建設費は、三江・広東・福建幇から各千二百円を拠出して賄いました。大正13年には、大阪・神戸の福建華僑が連合して長崎と同様「普度勝会」(先祖祭祀と施餓鬼法要)を大阪関帝廟でおこないました。ただしこの伝統行事は、昭和16年に戦時下という理由で廃止となり、今日に至っています。

只今、情報が登録されていません。

寺社からのメッセージ

只今、情報が登録されていません。

写真ギャラリー